新美 二郎(にいみ じろう、1890年(明治23年)1月2日 - 1966年(昭和41年)1月21日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級。
経歴・人物
愛知県出身。1911年(明治44年)陸軍士官学校第23期卒業、陸軍歩兵少尉に任官。
1938年(昭和13年)7月に陸軍歩兵大佐・歩兵第163連隊長(北支那方面軍、第110師団、歩兵第133旅団)に任官し、支那事変に出征。京漢線沿線の警備や、冀西(河北省西部)、晋察冀辺などの作戦に参戦した。
その後、1941年(昭和16年)10月に奈良連隊区司令官を経て、大東亜戦争に入ると1943年(昭和18年)1月に第8独立守備隊長(関東軍、第3軍)に任官。同年3月に陸軍少将に昇進し、翌年の1944年(昭和19年)12月に関東軍兵事部長に転補され、新京で終戦を迎えた。
1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けた。
脚注
参考文献
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。




